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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)460号 判決 1961年10月02日

控訴人(原告) 孫斗八

被控訴人(被告) 神戸市兵庫区長

訴訟代理人 松尾重彦 外一名

主文

本件控訴は、これを棄却する。

控訴人の登録拒否処分無効確認、登録削除拒否処分取消及び無効確認の各請求は、これを棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が、控訴人の外国人登録証明書国籍欄の記載を、韓国から朝鮮に変更登録しない処分を取り消す。右理由ないときは、前項の処分は、無効であることを確認する。右理由ないときは、被控訴人が、控訴人の外国人登録証明書国籍欄の記載(韓国)を削除しない処分を取り消す。右理由ないときは、前項の処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。当審において追加された変更登録拒否処分の無効確認、登録削除申請拒否処分の取消ならびにその無効確認の請求について、いづれも訴を却下する。

右理由なしとすれば、右各請求を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張は、左に記載するもののほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)  控訴人は、

「(イ) 乙第一号証の三によれば、「現在すでに発給している登録証明書について、国籍欄の朝鮮なる記載を韓国又は大韓民国に変更方を申請する朝鮮人があるときは、申請に応じ国籍欄の記載を訂正するとともに、登録原票の国籍欄の記載をもこれに応じて改めること」とあり、同号証の五によれば、「現在すでに発給しある登録証明書について、国籍(出身地)欄の朝鮮なる記載を韓国又は大韓民国に変更方を申請する朝鮮人があるときは、変更登録申請書を提出させる必要はないが、令第八条に規定する変更登録の場合に準じて」措置すべきことが定められている。しかして右は「我が国としては平和条約前文ならびに第五条の趣旨により大韓民国及びその政府を外交交渉の相手としている」事実にかんがみ「朝鮮人の取扱については、理論上朝鮮人はすべて大韓民国の国籍をとるべきである」との考えにもとずき日韓会談で一致をみた「大韓民国の制定した国籍法(一九四八年十二月公布)の趣旨を尊重」せんがための措置であることは明らかであろう。

しからば被控訴人発行にかかる控訴人の外国人登録証明書国籍欄の記載は控訴人の国籍とは関係のない便宜の措置ということができようが、それは朝鮮に大韓民国政府と朝鮮民主主義人民共和国政府が対立し、いずれも全朝鮮領土全朝鮮民族を対象として自己に属すと主張している事実から控訴人の政治的ないし思想的な帰属をあらわす表示である。言葉をかえていえば、それは控訴人の「思想及び良心」の表示ないし対外的宣言ということもできる。原判示のとおり、控訴人の国籍は、いまだ不定のままである。それ故外国人登録法第四条一項六号に規定する「国籍」を確定できない状況にある。しかし同法による登録を受けなければならず、被控訴人も国籍欄を空白にしがたいのであるから控訴人の思想ないし政治的信条または道義的感覚に合致する表示、すなわち「韓国」または「朝鮮」を自由に選択しうる措置の講ぜられるべきが至当であろう。しかして、控訴人が自己の外国人登録証明書国籍欄の表示を「韓国」にすべきか、それとも「朝鮮」にすべきかは、控訴人の思想および良心の自由にかかわる問題であつて、被控訴人の干渉を許すべき余地はない。独立国朝鮮が承認され、在日朝鮮人の国籍が法律上確定するまでは、在日朝鮮人の外国人登録証明書国籍欄の記載を、それが濫用にわたらない限度で自由な選択にまかせるべきが、控訴人ら在日朝鮮人の「思想及び良心の自由」を尊重し、外国人登録法第一条の趣旨にも合致するものと考える。

以上の理由により被控訴人が昭和三四年八月三一日付でなした控訴人の外国人登録証明書国籍欄の記載を韓国から朝鮮に変更することを拒否した処分は、日本国憲法第一四条、第一九条、第二一条に反し同第九八条第一項にもとづき無効である。

(ロ) 昭和三五年七月一九日被控訴人に対しなした控訴人の登録事項(「韓国」)削除申請は、同年八月一一日拒否された。しかし、控訴人の国籍を法的に確認できないのであるから控訴人の外国人登録証明書国籍欄の記載は、正当な根拠にもとづいて登録された国籍とみることはできない。しからば、右証明書国籍欄の表示は空白にすべきであり、事実に合致しない記載をすることは、外国人登録法第一〇条の二第一項に抵触して許されない。「韓国」の表示を強制する被控訴人の処分は、右法条及び憲法第一四条、第一九条に反し同第九八条第一項にもとづき無効である。

(ハ) もつとも控訴人は、終戦当時まで朝鮮慶尚南道陜川郡鳳山面霜見里九二二番地に本籍をもつていた。」と述べ、

立証として甲第一、乃至第六号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。

(ニ) 被控訴代理人は、

「(本案前の答弁理由)

行政処分の取消または無効確認を求める訴は、たんに当該処分が違法または無効のものであるだけでは足りず、当該処分によつて権利乃至は法律上の利益の侵害を受けたもののみが出訴できることを要件とするものであるところ、控訴人は、かかるなんらの権利乃至法律上の利益の侵害を受けていないからである。

(本案の答弁理由)

(イ) 控訴人がその主張の登録事項削除の申出をなし、被控訴人が昭和三五年八月一一日これを容れない旨の決定をなし、その旨控訴人宛通知したことは認める。しかし控訴人がなした前記申請は同人の外国人登録証明書の国籍欄に「韓国」の記載の抹消を求めるものであるが、同欄の記載を抹消し空白にすることは、本人が法律上無国籍である場合は格別、控訴人に対しては、すでに原審で明らかにしたとおりの経緯で国籍欄に「韓国」なる表示をしている以上、本件申請を拒否した処分に違法はない。

(ロ) 控訴人主張の本籍は争はない」と述べ

立証として乙第一号証の一乃至五、第二号証の一、二を提出し、甲号各証の成立を認めた。

当裁判所は職権により控訴本人を訊問した。

理由

第一、まず被控訴人の訴の利益なしとの抗弁につき判断する。

本訴は控訴人の外国人登録証明書国籍欄の記載を韓国から朝鮮に変更登録しない処分の取消もしくは、同欄の韓国の記載を削除しない処分の取消もしくは無効確認を求めるものであつて、がんらいわが国は、平和条約により朝鮮の独立を承認して現在に及んでいるものであるから国籍及戸籍事務の取扱上は、南鮮北鮮を区別することなく「朝鮮」と記載するを相当とするという取扱により今日に及んでいるのであるが、外国人登録事務の取扱上は「朝鮮の国号については、原則として従前どおり「朝鮮」の呼称を用いるが、本人の希望によつて「韓国」又は「大韓民国」なる呼称を採用してさしつかえない」(昭和二五年二月二三日民事甲第五五四号通達)こととされ現在にいたつている。叙上の事実は成立に争のない乙第一号証の二乃至四によつて認めることができる。したがつて朝鮮なる名称は、右取扱上は、いわゆる南鮮、北鮮の区別なき名称として用いられてきたものであり、韓国もまた同義であるから、かゝる名称の変更については、利益なきごとくであるが、控訴本人訊問の結果によると、右のような取扱にかゝわらず朝鮮なる名称は、一般に北朝鮮即ちいわゆる朝鮮民主主義人民共和国なる政府のもとに属する人民及び地域として理解せられ、韓国とは、いわゆる大韓民国なる政府のもとに属する人民及び地域として理解せられることあり、したがつて、わが国における現在及び将来の生活や身分上の関係について保護を受け、もしくは手続をするにつき外国人登録における国籍の記載いかんにより利便を異にするのが実際の実情であるというのであつて、右のような供述内容は、現に朝鮮半島に国際的な承認未承認にかかわらず対立する二つの政府が存在する事実と、これに対する呼称が現にわが国民の間で朝鮮及び韓国ともいわれている公知の事実に省るときは必ずしも全面的に排斥しがたく、本人について実質的な生活上の利便を伴う虞がある以上訴の利益はこれを有するものとしなければならない。

第二、よつて進んで本件登録変更拒否処分の取消もしくは無効確認の訴の理由の有無について判断する。

控訴人が朝鮮慶尚南道陜川郡鳳山面霜見里で生れた朝鮮人であること、および控訴人が、昭和三三年二月二六日控訴人の外国人登録証明書記載の国籍を、韓国から朝鮮に変更してくれるよう申請したのに対し、被控訴人が昭和三四年八月三一日付書面で、控訴人の申請を拒否したことは、当事者間に争がない。

(1)  控訴人は被控訴人の右各申請拒否の処分は違法であると主張するけれども、外国人登録令もしくは法上の登録事項たる国籍について平和条約により独立を承認された朝鮮半島に属する人民を従来朝鮮人と呼称し、したがつて、右登録においてもその国籍欄に朝鮮と記載されてきたのであるが、その後本人の希望によつては、韓国なる記載に変更せしめたことは、さきに説明したとおりであり、控訴人が右の経緯により韓国なる登録記載を有することその供述により明かである。しかしながら韓国なる名称は、いわゆる大韓民国なる朝鮮の一政権につき呼びならわされている呼称であるが、右は、朝鮮半島全域全人民を支配すると主張する政権であつて、朝鮮なる名称と別異のものとして取扱われていないこと、さきに説明したとおりであり、外国人登録法上は、同一のことがらの二つの名称にほかならないから、その登録事項もしくは登録証明書記載内容に変更を生じたものでないこと明かである。控訴人が主張するような思想ないし便宜によりその記載の変更を希望するというようなことは、右事項自体の変更にあたらず、したがつて、この理由によれば控訴人の申請は法律上これを主張しうべき根拠を欠くのであるからこれを拒否したのは当然であり、法の下の平等の原則や、思想良心表現の自由を侵すものともいえないし、国籍に変更を生じたのではないから法第八条もしくは第一条により登録事項したがつてまた証明書記載変更を申請しうべきものではない。

第三、つぎに控訴人の登録削除申請を拒否した処分の取消もしくはその無効確認の請求の主張について判断する。

控訴人が、昭和三五年七月一九日被控訴人にたいし控訴人の外国人登録事項(「韓国」)削除申請をしたが、同年八月一一日拒否されたことは、当事者間に争がない。しかしながら旧外国人登録令第一一条においては「朝鮮人は当分の間これを外国人とみなす」と規定せられ、外国人登録法附則第六項は、「旧外国人登録令第一一条第一項に規定する者で同令の規定による登録証明書を所持するものは、第三条第一項の規定にかゝわらず、この法律の規定に基いて登録証明書の交付を受けた外国人とみなす」と定めている等朝鮮人の範囲についても旧令を踏襲すること明らかである。そして控訴人が外国人登録令施行当時より朝鮮人として登録記載を有し、証明書の交付をうけていたことは、控訴本人の供述によりこれを認めうるのみならず、日本が昭和二〇年ポツダム宣言を受諾した当時控訴人が朝鮮慶尚南道陜川郡鳳山面霜見里九二二番地に本籍を有していたことは、当事者間に争がないから、控訴人は当時朝鮮戸籍令の適用をうけ朝鮮の戸籍に登載されていた人すなわち朝鮮人であつて、外国人登録令及び外国人登録法上の朝鮮人にあたるものというべく、これを、外国人登録法上朝鮮人として取扱うべきことは明かであり、国籍なきことを理由としてこれが削除を求める申請の理由なきこともちろんである。したがつてまた右拒否処分が法の下の平等の原則や思想良心の自由を侵すものともいえない。

そうすると、被控訴人の各拒否処分は、もとより当然であつて、これが違法を主張する控訴人の本訴は、いずれも理由がないから、これを棄却すべきであり、控訴人がさいしよ申立てていた控訴人の外国人登録証明書の国籍を朝鮮に書換える義務あることの確認の請求は、訴の変更により取下げられたから、控訴人の登録変更申請拒否処分の取消請求を棄却した原判決を相当として、この点につき本件控訴を棄却し、その他の当審における新請求について控訴人の請求を棄却し、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のように判決する。

(裁判官 沢栄三 斉藤平伍 石川義夫)

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